ミシュラン一つ星シェフとして名を馳せた鳥羽周作氏が、満を持して長野県小谷村で立ち上げた古民家レストラン「NAGANO」が、わずか1年余りで閉業を発表しました。表面的には「客足の伸び悩み」と報じられていますが、果たしてそれが全てなのでしょうか。
元新聞記者として数多くの地方経済の現場を取材してきた経験から言えば、この問題の本質は個人の失敗談を超えた、現代日本の地方創生の構造的課題にあると考えます。
今回の事例を通じて、地方での高級レストラン経営が直面する現実と、地域活性化事業の難しさについて深く掘り下げていきます。
鳥羽周作氏運営「NAGANO」閉業発表の概要
2025年8月18日、小谷村議会全員協議会において、sio株式会社との指定管理契約を更新しないことが正式に発表されました。これにより、2023年7月の開業からわずか1年余りで、鳥羽周作氏が手がけた古民家レストラン「NAGANO」の閉業が決定したのです。
2023年7月開業からわずか1年余りで撤退
時系列を整理すると、2022年10月に小谷村とsio株式会社が指定管理者として契約を締結し、2023年7月1日に満を持してオープンしたレストラン「NAGANO」。しかし、皮肉にも開業直前の6月に広末涼子との不倫騒動が週刊文春によって報じられ、船出から暗雲が立ち込めることとなりました。
数字が物語る現実は厳しいものです。初年度(2023年7月~2024年3月)の来客数は2,916人、そして2024年度は2,005人と、前年度から30%以上もの大幅減少を記録しています。
小谷村との指定管理契約更新を断念
注目すべきは、村の経営への関与の薄さです。指定管理者制度の下では、sio株式会社が古民家の運営管理を完全に担当し、村は経営には直接関与しない仕組みでした。これは一見すると民間の自由度を保つ合理的な制度に見えますが、実は地方自治体がリスクを回避する一方で、事業者に全責任を委ねる構造でもあります。
閉業決定の経緯と時系列
この事例の興味深い点は、その時系列にあります。2023年7月の開業当初は鳥羽ファンが押しかけ好調なスタートを切りましたが、秋以降に客足が徐々に鈍化。2024年には価格帯を下げ、インバウンド向けすき焼きメニューの導入など様々な施策を講じるも改善に至らず、2025年8月に村に撤退を打診するという流れです。
この推移を見ると、単発的な話題性に依存したビジネスモデルの脆弱性が浮き彫りになります。
NAGANOが閉業に至った5つの根本的理由
表面的な「客足の伸び悩み」という説明では見えてこない、より深層にある構造的な問題を分析してみましょう。
客足の伸び悩みと来客数の大幅減少
先ほど触れた数字をもう一度見てみましょう。初年度2,916人から2年目2,005人への30%減少は、単なる「ブーム終了」では説明がつきません。村の観光地域振興課も「営業が苦しいことは知っていた」と証言しており、冬季は特に「お客さんも少なくて暇」な状況だったといいます。
この状況は、地方の高級レストランが直面する根本的なジレンマを示しています。話題性で一時的に注目を集めることはできても、継続的な顧客基盤を築くことの困難さです。
地方での高級レストラン経営の厳しい現実
小谷村の人口は約2,400~2,700人。この数字を冷静に見れば、高級レストランの商圏として成立させることの困難さは明らかです。都心であれば周辺数キロメートルに数十万人の潜在顧客がいますが、地方では物理的にその母数が存在しません。
さらに深刻なのは、都心と地方の食文化の成熟度格差です。地方では高級レストランの絶対数が少なく、外食文化そのものが都市部と比較して希薄な傾向があります。これは単なる経済力の問題ではなく、文化的な土壌の違いと捉えるべきでしょう。
広末涼子との不倫騒動による影響
2023年6月の週刊文春報道による影響は確実に存在したでしょう。鳥羽氏のメディア露出が激減し、ブランド価値が毀損されたことは事実です。開業当初のファン客の一部離れも否めません。
しかし、興味深いのは報道では「客足が伸び悩み継続断念」が主要因とされている点です。これは不倫騒動だけでは説明できない、より根深い経営課題があることを示唆しています。
立地とアクセスの問題
最寄り駅から車でかなりの距離、公共交通機関でのアクセスが困難という立地は、首都圏からの顧客獲得において致命的なハンディキャップとなります。栂池高原スキー場から車で5分という立地も、スキー人口の減少トレンドを考えれば楽観視できません。
冬季の豪雪地帯という季節性の制約も大きく、通年での安定集客を困難にしています。ある意味で「人口2400人しかいない村で、どういう目算で店開いたんやろ」という率直な疑問は、事業計画の甘さを指摘した的確な指摘と言えるでしょう。
価格設定と地域性のミスマッチ
鮭定食3,000円(後に3,850円に値上げ)、コース料理1~3万円という価格設定は、東京の一等地であれば理解できる水準ですが、地方の経済水準を考慮すると明らかにミスマッチです。
「鮭定食に3000円も払ってまで」という批判的な声は、価格に対する価値認識の地域差を如実に表しています。これは単なる価格の問題ではなく、地域の消費文化との齟齬と捉えるべきです。
小谷村の思惑と1億2600万円の投資
この問題を考える上で見逃せないのは、小谷村側の投資と期待の大きさです。1億2,600万円という巨額の改修費用は、人口2,700人の村にとって決して小さな額ではありません。
地域活性化への期待と古民家改修の経緯
小谷村が2017年度に築140年超の古民家を取得し、1億2,600万円をかけて飲食店向けに改修を実施した背景には、地域活性化への切実な願いがありました。新型コロナ流行で当初内定していた業者が辞退し、指定管理者選びが難航した末にsioとの契約に至ったという経緯も、村の苦労を物語っています。
村長の「大変ありがたい。地元に溶け込んで一生懸命やってくれているので期待している」という当初のコメントからは、村側の期待の大きさが伝わってきます。
村側の受けた経済的・社会的影響
村観光地域振興課の「営業が苦しいことは知っていたが、ここでの撤退はかなりの痛手」という率直なコメントは、村の置かれた厳しい現実を表しています。1億2,600万円の改修費用に対する投資回収の目処が立たない状況は、小規模自治体の財政にとって深刻な問題です。
地域活性化の目玉事業としての期待が頓挫したことによる社会的な影響も無視できません。移住したスタッフへの地域住民の複雑な感情も含め、村のコミュニティに与えた影響は数字では測れない部分があります。
今後の古民家活用の課題
指定管理者の再募集が必要な状況となった今、地方での高級飲食店運営の困難さが露呈した形となりました。古民家の維持費や管理費の継続的な負担、そして次の事業者確保の困難性は、多くの地方自治体が直面する共通の課題でもあります。
鳥羽周作氏の現在の状況と今後
鳥羽氏個人の動向も、この事例を理解する上で重要な要素です。彼の選択は、現代の著名シェフが直面するグローバル化とローカル化のジレンマを象徴しています。
sio代表退任とミシュラン星獲得への影響
2023年に鳥羽氏がsio株式会社の代表を退任したことは、ミシュランガイド東京で4年連続1つ星を獲得していたsioレストランの今後にも影響を与える可能性があります。広末との不倫騒動後の各種契約解除やメディア出演自粛、そして2023年12月の離婚成立と、個人的な変化の激しさは事業にも影響せざるを得ません。
ハワイ・海外展開への方向転換
興味深いのは、鳥羽氏のハワイ・海外展開への舵切りです。ハワイのレストランからのコラボオファーを受けて日本とハワイを行き来し、ロサンゼルスでの仕事も獲得するなど、海外での活動に注力しています。
2024年2月の「サンデー・ジャポン」でのVTR出演での「いろいろあったんで心機一転。求められているところで一生懸命やりたい」という発言は、日本国内での活動の限界を感じた率直な表現とも読み取れます。
NAGANOに対する現在のスタンス
注目すべきは、2023年6月以降、鳥羽氏が自身のSNSでNAGANOに言及することがなくなったことです。「冬の間は来ない」「営業は現地スタッフに任されている」状態で、実質的に日本国内事業からは距離を置く姿勢を見せています。
このスタンスは、地方での事業展開の困難さを身を持って体験した結果とも解釈できるでしょう。
地方高級レストランが直面する構造的問題
NAGANOの閉業は個別の事例ではなく、日本の地方が抱える構造的問題の縮図と捉えるべきです。
人口減少と高齢化の現実
小谷村の人口推移を見ると、その深刻さが浮き彫りになります。1980年の5,085人から2010年の3,356人、現在の約2,700人へと減少し続け、2040年には1,465人~2,048人まで減少する予測が出ています。
高齢化率が県内でも特に高い地域で、若年層の村外流出が継続している現実を前にすれば、高級レストランの商圏として成立させることの困難さは数字が証明しています。
地方での外食文化の限界
地方では高級レストランの母数が少なく、需要も限定的であることは統計的事実です。外食する文化が都市部と比較して希薄で、品質と価格が合っていなくても存続可能な競争環境があることも、新規参入者にとっては予想以上の壁となります。
「本物を知らないから低レベルのコンテンツを称賛する」という地方の食文化格差の指摘は辛辣ですが、マーケティング的には無視できない現実でもあります。
観光依存のリスクと季節性の問題
小谷村のようにスキー場を中心とした冬季観光に依存する地域では、近年の多様化する観光ニーズやスキー人口減少の影響を直接受けます。夏季観光の開発が不十分で通年集客が困難な状況では、安定した事業運営は困難を極めます。
インバウンド客についても、小谷村レベルでは2019年で44,394人泊という数字であり、高級レストランを支えるだけの規模には到達していません。
よくある質問と回答
Q. 鳥羽周作氏の経営手腕に問題があったのでしょうか?
A. 個人の能力の問題というより、地方高級レストラン市場そのものの構造的な困難さが主因と考えられます。人口2,700人の村で高級レストランを成立させること自体が、極めて高いハードルだったのです。
Q. 1億2,600万円の村の投資は回収可能だったのでしょうか?
A. 現実的には非常に困難だったと言わざるを得ません。地方の人口規模と消費能力を考慮すれば、投資規模に見合う収益を上げることは構造的に無理があったというのが率直な分析です。
Q. 他の地方での類似事業への示唆は何でしょうか?
A. 著名人ブランドだけでは地方事業の成功は保証されないということです。地域の消費文化、アクセス、人口規模、季節性などを総合的に検討した上で、現実的な事業計画を立てる必要があります。
Q. 地方創生事業として何が必要だったのでしょうか?
A. より地域に根ざした価格設定と、地元住民が日常的に利用できるメニュー構成が必要だったかもしれません。高級路線一辺倒ではなく、地域に愛される店作りを目指すべきだったでしょう。
まとめと今後の展望
鳥羽周作氏のレストランNAGANOの閉業理由を分析した結果、この問題は単なる個人や企業の失敗を超えた、現代日本の地方創生が直面する構造的課題の縮図であることが明らかになりました。人口減少、高齢化、消費文化の地域差、観光依存のリスクなど、多層的な要因が複合的に作用した結果と言えるでしょう。
重要なのは、この事例から学び、地方での事業展開により現実的なアプローチを模索することです。著名人ブランドに頼った一発逆転的な地域活性化ではなく、地域の実情に根ざした持続可能な事業モデルの構築が、真の地方創生につながるのではないでしょうか。
参考文献
- Yahoo!ニュース(信濃毎日新聞):人気シェフ・鳥羽周作さん運営の古民家レストラン閉業へ 国内外からの観光客狙ったが客足伸び悩み (出典)
- 芸能トピ:鳥羽周作シェフ運営の古民家レストランNAGANO閉店。鮭定食が3000円、強気な価格設定で話題も…2年で営業終了 (出典)
- 女性自身:鳥羽周作氏 ハワイで再起の陰で「シェフも客も来ない」長野古民家レストラン (出典)
- 信濃毎日新聞:人気シェフ・鳥羽周作さん運営の小谷村のレストラン閉業へ 客足伸び悩み継続断念 (出典)
- 小谷村公式サイト:小谷村過疎地域持続的発展計画 (出典)


