「粉雪」や「3月9日」などの名曲で知られるバンド、レミオロメン。2012年の活動休止から長い沈黙を守ってきましたが、2025年12月6日、ついに活動再開が発表されました。
この記事では、改めて当時なぜ活動休止に至ったのかという理由と、結成から現在までの活動歴、そしてメンバーが休止中に何をしていたのかを事実に基づいて整理しました。
レミオロメンの活動歴(時系列まとめ)
まずは、結成から活動再開発表までの主な流れを時系列で確認します。
- 2000年12月:小・中学校の同級生だった藤巻亮太、前田啓介、神宮司治の3人で結成。
- 2003年3月:ミニアルバム『フェスタ』でインディーズデビュー。同年8月にシングル『電話』でメジャーデビュー。
- 2005年11月:ドラマ『1リットルの涙』挿入歌となったシングル『粉雪』が大ヒット。バンドの知名度を不動のものにする。
- 2009年:『NHK紅白歌合戦』に初出場。
- 2012年2月1日:公式サイトにて活動休止を発表。「メンバーそれぞれがミュージシャンとして音楽と向き合う時間を持つため」と説明される。
- 2012年〜2025年:各メンバーがソロ活動や別事業(農業など)に専念(詳細は後述)。
- 2025年12月6日:結成25周年の記念日に約14年ぶりとなる活動再開を発表。
- 2026年3月9日〜:全国ツアー「レミオロメン Reunion Tour 2026」の開催が決定。
2012年に活動休止した本当の理由
当時、人気絶頂期とも言えるタイミングでの活動休止は大きな波紋を呼びました。公式発表やその後のインタビューから、その理由は主に以下の2点に集約されます。
1. クリエイティブな枯渇と「個」の追求
活動休止当時の公式コメントでは、「3人がそれぞれミュージシャンとして音楽と向き合う時間を持ち、活動していこうという決断に至った」と説明されています。
また、ボーカルの藤巻亮太さんは後のインタビューで、10年以上のバンド活動を経て「自分の中のものを出し切って空っぽになってしまった」「一度立ち止まってインプットする時間が必要だった」といった趣旨の心情を語っています。不仲による決裂というよりは、バンドとしての成長を維持するための発展的な休息が必要だったことがうかがえます。
2. メンバー間の方向性の変化
デビューから走り続けてきた中で、メンバーそれぞれの音楽観や人生観に変化が生じていました。無理にバンドという枠組みで活動を続けるよりも、一度個々の活動に専念することで、互いのスキルや経験値を高める選択がなされました。
なお、インターネット上では「不仲説」や「金銭トラブル説」などが噂されることもありましたが、これらを裏付ける決定的な証拠や公式発表はなく、あくまで推測の域を出ません。2025年の再結集が実現したこと自体が、決定的な亀裂はなかったことの証明と言えるでしょう。
休止期間中、メンバーは何をしていたのか?
活動休止中の約14年間、メンバーは全く異なる分野でも活躍していました。特にベースの前田さんの活動は大きな話題となりました。
- 藤巻亮太(Vo/Gt):
ソロミュージシャンとして活動。「Mt.FUJIMAKI」という野外音楽フェスを地元・山梨で主催するなど、精力的に音楽活動を継続。 - 前田啓介(Ba):
実家の稼業とは別に、山梨県笛吹市でオリーブ農家に転身。「笛吹オリーブオイル前田屋」を設立し、同社のオリーブオイルは国際的なコンテストで金賞を受賞するなど、実業家・農業家として大成功を収めています。もちろん音楽活動も並行して行っていました。 - 神宮司治(Dr):
ドラマーとして、多くの著名アーティスト(Ado、milet、DEAN FUJIOKAなど)のレコーディングやライブサポートに参加。プレイヤーとしての技術を磨き続けていました。
まとめ:2026年の全国ツアーに注目
レミオロメンの活動休止は、解散ではなく、メンバー個々が成長するための長い充電期間でした。
メンバー3人それぞれの活動を経て、きょう12月6日、活動再開とメンバー全員からのコメントが発表された。
(出典:オリコンニュース)
2026年3月9日(サンキューの日)からは、ファン待望の全国ツアーが始まります。それぞれの場所で経験を積んだ3人が再び集まり、どのような音を鳴らすのか、今後の活動から目が離せません。


