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【訃報】脚本家・内館牧子さん死去 77歳。「ひらり」や横綱審議委員会での功績、死因と経歴まとめ

数々の名作ドラマを手掛け、大相撲の横綱審議委員会(横審)で女性初の委員を務めた脚本家の内館牧子(うちだて・まきこ)さんが、2025年12月17日に亡くなっていたことが分かりました。

「終わった人」など高齢化社会を鋭くもコミカルに描いた小説でも知られ、精力的に活動していた中での訃報。この記事では、内館さんの死因や経歴、そしてなぜ彼女が「角界のご意見番」として重用されたのか、その背景をまとめます。

何が起きたのか:訃報の詳細

報道各社によると、内館さんは東京都内の病院で息を引き取りました。葬儀は近親者のみで執り行われたとのことです。

内館牧子さんとは何者か?異色の経歴と代表作

内館さんは、最初から脚本家だったわけではありません。そのキャリアは「遅咲き」としても知られています。

13年半のOL生活を経てデビュー

武蔵野美術大学を卒業後、三菱重工業に入社。約13年半もの間、OLとして勤務していました。その後、脚本家養成所に通い、1988年にプロデビュー。当時のトレンディドラマブームの中で頭角を現しました。

主な代表作(ドラマ・小説)

彼女の作品は、人間のドロドロした本音や、綺麗事ではない人間関係を描くことに定評がありました。

なぜ「女性初」の横綱審議委員になれたのか?

内館さんといえば、大相撲の「横綱審議委員会(横審)」での厳格な発言(通称:内館節)を思い出す方も多いでしょう。2000年から約10年間、女性として初めて委員を務めました。

理由1:筋金入りの「好角家(スー女)」だった

彼女の相撲愛は幼少期に遡ります。いじめられていた幼稚園時代、体の大きな男の子に助けられた原体験から「力士=強くて優しいヒーロー」という憧れを抱き、ラジオ中継を聴き込むほどのファンになりました。その情熱は、朝ドラ『ひらり』の脚本にも色濃く反映されており、相撲協会からもその愛と知識を認められていました。

理由2:学術的な裏付け(大学院での研究)

単なる「有名人のファン」で終わらなかったのが内館さんの凄いところです。横審委員就任後の2003年(当時54歳)、「相撲を学問として研究したい」と東北大学大学院に入学。宗教学の観点から「土俵という聖域」について研究し、修士号を取得しています。

当時、朝青龍などのモンゴル出身横綱に対し、「品格」を厳しく問い続けた姿勢は賛否両論を呼びましたが、それは「神事としての相撲」を守りたいという、彼女なりの深い愛情と研究に基づいた信念からくるものでした。

まとめ

晩年は「老い」をテーマにした作品で多くの共感を呼んでいた内館さん。その鋭い人間観察眼と、相撲への深い愛情は、作品を通じて長く語り継がれることでしょう。ご冥福をお祈りいたします。

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