「大阪万博、8月にも黒字化へ!」――こんな見出しがニュースを賑わせています。開幕前のネガティブなムードを考えると、大きな成功のように聞こえます。しかし、ちょっと待ってください。その「黒字」という言葉、私たちは正しく理解できているでしょうか。
これはスマホの料金プラン選びと少し似ています。月々の通信料が実質0円でも、高額な端末代金が別にかかっている、というような話です。一見お得に見える話の裏には、見落としがちな「ただし書き」が隠れていることが少なくありません。
この記事では、万博の「黒字化」という言葉の裏に隠された会計のカラクリを、データを基に冷静に分析します。運営費と建設費の違いから、山積する課題まで、この巨大プロジェクトの本当の姿に迫っていきましょう。
【速報】大阪万博「8月黒字化」は本当?吉村知事の発言とSNSの反応を検証
まず、事の発端から見ていきましょう。2025年7月31日、大阪府の吉村洋文知事は「8月中に(運営費が)損益分岐点を超え、黒字になる見込みだ」と発表しました。好調なチケット販売がその根拠とされています。
このニュースに対し、世間の反応は真っ二つに割れました。しかし、この議論の前に、私たちは最も重要な事実を押さえておく必要があります。
吉村知事「8月中に損益分岐点を超える」発言の要点
【吉村知事 万博8月中に黒字見込み】https://t.co/1N78CBRlZH
— Yahoo!ニュース (@YahooNewsTopics) July 31, 2025
吉村知事の発言は、7月25日時点で入場券の販売枚数が1700万枚を超え、週に40万~50万枚というハイペースで売れ続けていることを根拠としています。このペースが続けば、運営費の採算ラインとされる約1,840万枚の販売目標を8月中に達成できる、という見立てです。
連日多くの来場者で賑わっているのも事実であり、開幕前の不安を払拭する勢いがあることは間違いありません。しかし、この「黒字」という言葉を額面通りに受け取っていいのでしょうか。
X(旧Twitter)での賛否両論まとめ「ミスリードでは?」「関西経済に朗報」
この発表を受け、SNSでは様々な意見が飛び交いました。関西経済界からは「安心した」「レガシーに集中できる」といった歓迎の声が上がる一方、厳しい指摘も目立ちます。
特に多いのが、「運営費だけの黒字で万博全体が成功したかのように言うのはミスリードだ」「巨額の建設費はどうなるんだ?」といった意見です。これは、万博の費用構造を理解している人ほど抱く、当然の疑問と言えるでしょう。
結論:黒字化は「運営費」のみ。建設費を含めた収支ではない
ここで、本記事の最初の結論を提示します。今回「黒字化」が見込まれているのは、あくまで万博を日々動かすための「運営費(1,160億円)」に限った話です。会場を作るために投じられた巨額の「会場建設費(最大2,350億円)」は、この計算に含まれていません。
つまり、万博全体として見れば、現時点でも巨額の赤字を抱えている状態に変わりはないのです。この構造を理解しないまま議論を進めると、本質を見誤ることになります。
知らないと騙される!大阪万博の費用、「運営費」と「建設費」のカラクリを徹底解説
では、なぜ「運営費」と「建設費」を分けて考える必要があるのでしょうか。この二つの違いを理解することが、万博の収支のカラクリを解き明かす鍵となります。これは、家計における「毎月の生活費」と「住宅ローン」の関係に似ています。
【運営費:1,160億円】入場券で賄う計画。黒字化が目指されている部分
運営費とは、いわばイベント期間中の「運転資金」です。警備員の人件費やイベントの開催費用、シャトルバスの運行費などがこれにあたります。当初の809億円から1,160億円に増額されましたが、この費用は入場券収入(969億円)やグッズ販売などの事業収益で賄う計画です。
吉村知事が言う「黒字化」とは、この運営費の範囲内で収入が支出を上回ることを指しています。運営費を自己資金で賄えるかどうかは、イベントの成否を測る重要な指標の一つであることは確かです。
【会場建設費:最大2,350億円】国・自治体・経済界で負担する巨額投資
一方、会場建設費は、パビリオンや大屋根リングといった施設を作るための「初期投資」です。当初の1,250億円から2度にわたる増額を経て、最大で2,350億円にまで膨れ上がりました。
この巨額の費用は、以下の3者で分担して負担します。重要なのは、この建設費は入場券収入で回収される予定はないという点です。
- 国の負担:約783億円
- 大阪府・市の負担:約783億円
- 経済界の負担:約783億円
【その他費用:1兆円以上】国の追加負担と関連インフラ整備費の内訳
話はさらに複雑になります。上記の費用とは別に、国は日本館の建設(最大360億円)や途上国支援(約240億円)、警備費(約199億円)など、約839億円を追加で負担します。さらに、万博に関連するインフラ整備には約9.7兆円という、もはや天文学的な数字の事業費が計画されています。
もちろん、インフラは万博後も残る社会資本ですが、これらの費用も万博という一大イベントがなければ動かなかったお金であることは事実です。
結局、私たちの税金はいくら使われている?大阪市民の負担額
これら巨額の費用の一部は、当然ながら私たちの税金で賄われます。大阪市は、万博関連の市の負担分について、市民一人あたり約2万7,000円にのぼるという試算を公表しています。市長は「これによって市民税が上がるわけではない」と説明しますが、市の財源が使われることに変わりはありません。
「運営費の黒字化」という明るいニュースの裏で、既にこれだけの公的負担が確定している。この事実から目を背けるべきではないでしょう。
大阪万博の運営費黒字化は本当に可能か?損益分岐点と3つの懸念材料を検証
さて、議論を「運営費」に戻しましょう。たとえ運営費だけの話だとしても、本当に黒字化は達成できるのでしょうか。チケット販売が好調なのは事実ですが、立ち止まってリスク要因も冷静に検証してみる必要があります。
黒字ラインの鍵を握る「チケット販売1,840万枚」の壁
運営費の損益分岐点は、チケット販売枚数にして1,840万枚。通期パスでの複数回利用なども考慮すると、延べ約2,200万人の来場が必要とされています。これは決して低いハードルではありません。
現在の販売ペースは週に60万枚に達することもあり、日本総研の藤山光雄氏のように「最終的に2,500万人前後に達する」と楽観的な見方を示す専門家もいます。黒字化達成の確度は高いと言えるかもしれません。
懸念材料①:40℃級の「酷暑」がもたらす来場者数への深刻な影響
しかし、不安材料もあります。最大の敵は「暑さ」です。実際に7月の猛暑日には来場者数が落ち込む傾向が見られ、ある土曜日には前週比で1万人も減少しました。日差しを遮るものが少ない会場で、熱中症リスクを懸念して来場をためらう人が増える可能性は十分にあります。
運営側も給水器を増やすなどの対策を取っていますが、自然の猛威に対してどこまで対抗できるかは未知数です。
懸念材料②:ユスリカ・レジオネラ菌対策など想定外の追加費用
もう一つのリスクは、想定外の費用の発生です。これまでにユスリカの大量発生や、噴水施設でのレジオネラ菌検出など、計画外の事態が起きており、その都度対策費用がかさんでいます。
運営費に計上されている予備費は約50億円と、全体の4%程度に過ぎません。今後、大型台風の接近などがあれば、予備費が吹き飛び、黒字幅が圧迫されるシナリオも考えられます。
収支だけじゃない大阪万博の課題。「負の遺産」と化す懸念も
仮に運営費が黒字化したとしても、それで「万博は成功した」と結論付けるのは早計です。なぜなら、お金の話だけでは測れない、より構造的な問題が横たわっているからです。私たちは、万博が閉幕した後のことも考えなくてはなりません。
建設費344億円「大屋根リング」解体・再利用問題の現在地
象徴的なのが、建設費344億円を投じた世界最大級の木造建築「大屋根リング」の問題です。万博協会によると、閉幕後に部材の再利用先として見込みが立っているのは、全体のわずか8%程度に過ぎません。
残りの8割以上は、最終的に砕いて木材チップにし、バイオマス発電の燃料として燃やされる可能性が高いとされています。「持続可能な開発目標(SDGs)」を理念に掲げながら、344億円のシンボルが一代限りの使い捨てになるかもしれない。これは壮大な皮肉と言えるでしょう。
海外パビリオンの工事代金未払い問題で中小企業が悲鳴
万博アンゴラ館工費の業者間未払い 元経理担当者「着服の事実ない」https://t.co/AUqmq18tcY
— 毎日新聞 (@mainichi) July 31, 2025
大阪・関西万博のパビリオン工事で、業者間の代金未払いが問題となっています。アンゴラパビリオンの工事で、下請け業者へ支払う代金を横領したとして告訴状を提出された男性が、疑惑を否定しました。
さらに深刻なのが、現場で起きている支払い遅延問題です。NHKの調査によれば、7カ国のパビリオン工事で、少なくとも19社の下請け業者が最大で1億円を超える代金の未払いを訴えています。
「従業員の給料の支払いを遅らせている」といった悲痛な声も上がっており、華やかな舞台の裏で、プロジェクトを支える中小企業が犠牲になっています。関西経済の活性化を謳う万博が、その足元でこのような事態を引き起こしている現状は、決して看過できません。
掲げられた「経済波及効果 約2兆円」は達成できるのか?
万博の開催意義として、約2兆円とも言われる経済波及効果が挙げられます。しかし、この試算は想定来場者数2,820万人という、かなり楽観的な数字を前提としています。また、20年前の愛知万博のデータを基にしている点など、その算出根拠に疑問を呈する専門家も少なくありません。
そもそも、関連事業も含めた効果を言うのであれば、約9.7兆円のインフラ整備費もコストとして考えるべきだ、という至極もっともな指摘もあります。
専門家はどう見る?大阪万博の収支と未来に関する見解まとめ
こうした複雑な状況について、専門家はどのように見ているのでしょうか。当然ながら、その評価は立場によって大きく異なります。両者の意見を知ることで、より立体的に問題を捉えることができるはずです。
肯定的な見方:藤山光雄氏・石川智久氏らによる「来場者増」予測
日本総研の研究者など、肯定的に評価する専門家の多くは、好調なチケット販売と、会期終盤の駆け込み需要を重視しています。愛知万博でも見られたように、終盤に来場者が急増し、最終的には運営費の黒字ラインは問題なくクリアできる、という見立てです。
関西経済同友会からも「黒字化はクリアできる」という楽観的な声が上がっており、経済界の期待感の高さがうかがえます。
批判的な見方:市民団体や研究者が指摘する「ずさんな予算管理」
一方で、市民団体や一部の研究者は、そもそも建設費が2度も増額された経緯を「ずさんな予算管理だ」と厳しく批判しています。また、大阪市の財政負担が大阪府の約5倍にのぼる歪な構造や、万博後の跡地利用の不透明さなど、費用対効果に根本的な疑問を投げかけています。
興味深いのは、万博協会の副事務総長自身が、以前「本当に剰余金(黒字)が出るのか確定するのは会期が相当おしつまらないとわからない」と、極めて慎重な見方を示していたことです。
過去の万博との比較:大幅黒字の「愛知万博」から学ぶべきこと
ここで参考になるのが、2005年の愛知万博です。最終的に目標を大幅に超える2,205万人が来場し、運営収支は129億円の黒字を達成しました。この成功体験が、今回の大阪万博への期待の根拠の一つにもなっています。
ただし、大阪万博の運営費は愛知の約1.8倍です。より高いハードルが設定されている中で、過去の成功事例をなぞるだけで良いのか。むしろ、愛知万博が残した理念やノウハウといった「レガシー」から何を学ぶかの方が重要ではないでしょうか。
まとめ:大阪万博の「黒字」は本当か?検証で見えた事実と今後の展望
さて、長々と分析してきましたが、最後にこれまでの議論を整理しましょう。大阪万博の「黒字化」という言葉の裏には、非常に複雑な構造が隠されていました。
検証の結果、明らかになったのは以下の3点です。
- 吉村知事の言う「黒字化」は、あくまで1,160億円の運営費に限った話であり、達成される可能性は高い。
- しかし、最大2,350億円の会場建設費などは回収されず、事業全体としては巨額の赤字構造である。
- さらに、344億円のリングの再利用問題や代金未払いなど、収支だけでは測れない深刻な課題も抱えている。
「運営費黒字化」は、プロジェクト推進側にとって喜ばしいニュースであることは間違いありません。しかし、その一言をもって、私たちがこの巨大プロジェクトに対する監視の目を緩めてはならないのです。
万博の真の価値は、閉幕後にどのような「レガシー」を社会に残せるかにかかっています。単純な収支計算を超えた総合的な視点で、私たちはこの祭典の行方を最後まで見届ける必要があるのではないでしょうか。


