今年もまた、「人々を笑わせ、そして考えさせる」イグノーベル賞の季節がやってきました。今年の受賞者の一人、日本の兒嶋朋貴氏による「和牛をシマウマ柄に塗ると吸血昆虫が減る」という研究は、一見すると奇抜な発想に思えるかもしれません。
しかし、この研究と、授賞式で見せた彼のシャツパフォーマンスの背後には、単なるユーモアでは片付けられない、現代社会が抱える課題や科学コミュニケーションの本質が隠されています。元新聞記者として、この出来事の本質を深く考察していきます。
たった3分で把握:授賞式の“シマシャツ”実演、何が起きた?(意外性×ベネフィット)
2025年9月18日(現地時間)、米ボストンで行われたイグ・ノーベル賞授賞式は、今年も多くのサプライズに満ちていました。特に注目を集めたのは、兒嶋朋貴氏による生物学賞受賞研究の紹介です。
彼は授賞式の舞台で、挨拶中にハエのプラカードにまとわりつかれ、上着を脱ぐと中に着ていた白黒ストライプのシャツを見せつけるという、まさに研究内容を体現したパフォーマンスを披露しました。この視覚的な実演は、会場の喝采を浴び、研究のユニークさを瞬時に伝えたのです。
どんな演出?—上着を脱ぐと“虫が逃げる”を可視化
この演出の巧妙さは、彼の研究の核心である「白黒ストライプが吸血昆虫の着地を減らす」という成果を、ジャケットを脱ぎ、ゼブラ柄のシャツを見せるというシンプルな動作で直感的に示した点にあります。
テレビ報道などでも「ゼブラ柄シャツで登場」というビジュアルが強調され、視聴者や読者に研究成果の要点を鮮明に印象付けました。これは、科学的な知見を専門家以外にも分かりやすく伝える、優れた科学コミュニケーションの事例と言えるでしょう。
なぜウケた?—「笑えて考える」イグ・ノーベルらしさ
この授賞式でのシャツパフォーマンスが世界中で喝采を浴びたのは、イグ・ノーベル賞の精神である「人々を笑わせ、そして考えさせる」という価値を完璧に体現していたからです。単なるお笑いではなく、その奇抜さの裏に、児嶋朋貴氏の研究が持つ実用的な意義が示唆されていました。
非薬剤で家畜を守る可能性は、環境負荷低減や動物福祉向上といった現代社会の重要なテーマにも繋がります。こうした「笑い」と「実益」の橋渡しこそが、イグノーベル賞が国際的に評価されるゆえんでしょう。
“え、ほんとに半減?”—プロトコルと結果を一次情報で解剖(権威性×具体性)
「和牛をシマウマ柄に塗ると吸血昆虫が減る」という研究。その実効性について、科学的な裏付けが気になるところです。
児嶋朋貴氏のこの研究は、2019年に国際的な査読付きジャーナル「PLOS ONE」に掲載された論文に基づいています。これは単なるアイデアレベルではなく、厳密な実験設計と統計処理を経た、国際的に認知された研究であることを意味します。
実験設計:6頭×ラテン方格法、白黒ストライプ幅4–5cm
具体的には、黒毛和種6頭の牛を対象に、「白黒ストライプ」「黒ストライプ」「無塗装」という3つの条件を、統計学的に有効な3×3ラテン方格法を用いて比較しています。ストライプは水性ラッカーで手描きされ、その幅は約4〜5cmでした。
注目すべきは、塗料の匂いの影響を排除するため、塗装から30分後に観察を開始するという細やかな配慮がなされている点です。これにより、観察された効果が塗料の匂いによるものではなく、視覚効果に起因することが強く示唆されています。
効果量:着地ハエは約50%減、忌避行動は約20%減
実験の結果は驚くべきものでした。白黒ストライプの牛には、脚や体表に着地するハエの総数が他の条件の約半分まで減少したことが確認されています。これは統計的に極めて有意な差であり、実用的なインパクトが明確に示されています。
さらに、牛の防御行動(頭振り、耳打ちなど)も約20%低下しました。これは、ストレス軽減や採食・休息時間の確保に繋がる可能性を示唆しています。米国畜産業における吸血昆虫による経済損失が年間約22億ドルと試算される中、非薬剤で低コストなこの対策が持つマクロ経済的な価値は非常に大きいと言えるでしょう。
匂い効果ではない根拠と統計処理
「塗料の匂いでハエが減ったのでは?」という疑問を持つ方もいるかもしれません。しかし、リサーチ内容からはその可能性が低いことが分かります。
無塗装の牛と「黒ストライプ」の牛とでハエの着地数に有意な差が見られなかったことから、匂いではなく、白黒コントラストによる視覚効果が主要因であると結論付けられています。統計解析にはSASのMIXED手法が用いられ、結果は既存の関連研究とも整合しているため、その信憑性は高いと言えるでしょう。
農家目線の実装ガイド:低コスト・非薬剤の現実解は?(ベネフィット×共感)
児嶋朋貴氏の研究が示す非薬剤での虫除けは、環境への配慮やコスト削減を求める現代の農業現場にとって、非常に魅力的な解決策となり得ます。
しかし、実際の現場で導入するとなると、その実現可能性や持続性が課題となります。この研究が、机上の空論で終わらないための具体的な道筋を考えてみましょう。
必要物品・手順:塗料選び、描き方、頻度、注意点
実験で用いられた水性ラッカーは安価で、1頭あたり約5分で塗装が完了するとされています。これは、作業ピーク時でも比較的導入しやすいことを意味します。
具体的な推奨物品としては、ニッペ「Color Spray BASIC」などの水性ラッカー(白/黒)、幅4〜5cmのストライプを描くための道具、そして作業者の安全を確保するための使い捨て手袋、養生資材、マスクなどが挙げられます。屋外の換気の良い場所で、体側を中心に白黒交互のストライプを手描きし、30分程度休置するというルーチン化が有効でしょう。
現場の声と持続性課題:長持ち塗料、月単位の運用例
論文では塗料が数日で退色するため条件切り替えに利用されていますが、実際の運用では、より長期的な持続性が求められます。海外の事例では「1ヶ月以上持つ」塗料を使って運用している牧場も報告されており、費用対効果と作業負担のバランスを考慮した選択が必要です。
また、実地報告では「思ったより虫が来ない」「他の牛からのいじめもなかった」といった声が聞かれるなど、動物福祉の観点からもメリットが示唆されています。こうした現場からのフィードバックは、今後の実用化に向けた重要な情報となるでしょう。
代替・補完策:ゼブラ柄馬用ラグ、粘着トラップ、耳タグ
塗料の使用に抵抗がある場合でも、代替策は存在します。例えば、ゼブラ柄の馬用ラグ(被覆)でもハエの着地が減少する効果が示されており、馬具店で市販されているものを利用する選択肢も考えられます。
また、粘着トラップを併用して飛来する昆虫の種類や量を監視することで、ストライプ法の効果を客観的に検証し、他の対策との組み合わせを最適化することも可能です。殺虫剤含浸耳タグの耐性化問題が指摘される中、ストライプ法は薬剤依存度を下げる補完策として、農業現場の戦略ポートフォリオに組み込む価値があると言えるでしょう。
メカニズム最前線:“なぜシマはハエを惑わすのか?”(意外性×権威性)
児嶋朋貴氏の研究が示した驚くべき効果ですが、そもそも「なぜシマウマ柄がハエを惑わすのか?」という根本的なメカニズムが気になります。
科学的な分析によれば、ハエはシマウマに接近すること自体は阻害されないものの、着地の最終局面で減速に失敗し、結果として着地数が激減するという観察結果が報告されています。これは、ハエの運動検出系が白黒のストライプによって混乱させられるという仮説が有力視されています。
ストライプだけでなく格子模様でも着地が減るという知見もあり、単なる「アパーチャ効果」(狭い開口部から部分的にしか見えないために、物体の動きの方向が実際と異なって知覚される現象)だけでは説明しきれない複雑な視覚処理が関与している可能性が示唆されています。このメカニズムの解明は、今後の害虫対策技術の発展に新たな示唆を与えるでしょう。
19年連続の日本人受賞、その意味は?(権威性×共感)
イグノーベル賞における日本人研究者の活躍は、近年特に顕著です。今回の兒嶋朋貴氏の受賞で、日本からの受賞は「19年連続」という快挙を達成しました。
この継続的なプレゼンスは、単に日本の研究がユニークであるというだけでなく、「人々を笑わせ、そして考えさせる」というイグ・ノーベル賞の趣旨と、日本の研究文化が持つ独創性や実用性が高いレベルで融合していることを示しているのではないでしょうか。
授賞式には、本家ノーベル賞の受賞者も登壇し、児嶋朋貴氏に記念品を手渡すという演出も報じられました。これは、一見するとおふざけに見えるイグ・ノーベル賞が、科学の健全な発展と社会とのコミュニケーションにおいて、いかに重要な役割を担っているかを象徴しています。
イグノーベル賞という場を通じて、普段は注目されにくい基礎研究や応用研究が、ユーモアを介して多くの人々の目に触れ、科学への興味関心を喚起する。これは、科学と社会のより良い関係性を築く上で、非常に価値ある試みと言えるでしょう。今回の授賞式におけるシャツパフォーマンスは、その好例と言えます。
よくある質問と回答
Q. イグノーベル賞とは、どのような賞ですか?
A. イグノーベル賞は、「人々を笑わせ、そして考えさせる」独創的かつユーモラスな科学研究に贈られる賞です。本家ノーベル賞のパロディとして始まりましたが、その裏には科学的な探求心と社会への示唆が込められています。
Q. 兒嶋朋貴氏の研究は、なぜイグノーベル賞を受賞したのですか?
A. 彼の「和牛をシマウマ柄に塗ると吸血昆虫が減る」という研究は、一見奇抜なアイデアながら、科学的根拠に裏打ちされた実用性と、農業現場の課題解決に貢献する可能性が評価されたためです。授賞式でのシャツパフォーマンスも、その独創性を際立たせました。
Q. シマウマ柄がハエを遠ざけるメカニズムは完全に解明されているのですか?
A. 完全に解明されているわけではありませんが、有力な仮説として、ハエが着地寸前で減速に失敗するなど、シマウマ柄の白黒コントラストがハエの運動検出システムを混乱させることが考えられています。今後さらなる研究が期待されます。
まとめと今後の展望
本稿で論じてきたように、イグノーベル賞を受賞した児嶋朋貴氏の「和牛をシマウマ柄に塗ると吸血昆虫が減る」研究、そして授賞式で見せたシャツパフォーマンスは、単なるエンターテインメントとして消費されるべきではありません。その背後には、環境負荷低減、動物福祉、そして科学と社会のコミュニケーションという、現代社会が直面する多層的な課題への示唆が込められています。
表面的な面白さだけでなく、その研究が持つ深い意味や、科学が社会にどう貢献できるのかを「考えさせる」きっかけとなる。これこそが、イグノーベル賞の真価であり、児嶋朋貴氏の研究が私たちに問いかけていることではないでしょうか。この問いを、読者の皆さんと共に考え続けるきっかけになれば幸いです。
参考文献
- PLOS ONE:Cows painted with zebra-like striping can avoid biting fly attack (出典)
- ITmedia NEWS:和牛を“シマウマ柄”にする虫よけの研究がイグ・ノーベル賞を受賞 日本人の受賞は19年連続 (出典)
- NHK NEWS WEB:イグ・ノーベル賞 研究テーマ“シマウシ” 牛を白黒に 効果は (出典)
- テレ東BIZ(YouTube):Japanese win Ig Nobel Prize for 19th consecutive year (出典)
- 北國新聞:シマウマ柄でイグ・ノーベル賞 シャツ着て実演 (出典)
- The Scientist:Zebra Cows Repel Flies and Win Ig Nobel Prize (出典)
- AP News:Some of the oddest, funniest scientific studies take prizes at the Ig Nobels (出典)
- Mainichi (English):Japanese win Ig Nobel for painting stripes on cattle to reduce fly bites (出典)
- PLOS ONE(Correction):Correction: Cows painted with zebra-like striping can avoid biting fly attack (出典)
- Scientific literature (PMC):Benefits of zebra stripes: Behaviour of tabanid flies around zebras and horses (出典)

